前回は、食品衛生法の改正について書きました。その背景には、日本の食品の国際競争力の強化とインバウンド対策があり、そのために食品の安全衛生の国際標準化が急務だということがありました。
今回は、今話題の民泊について考えてみます。
【目次】
1.法改正の流れ
2.旅行客の状況
3.観光政策の視点
4.制定および改正の概要
1.法改正の流れ
近年、宿泊業に関する法律の一連の改正や新設がありました。
その概要は以下の通りです。
1. 旅館業法改正
(2017年12月15日公布、2018年6月15日施行)
2. 国家戦略特別区域法に基づく旅館業法の特例制度
(2013年12月公布、2014年3月同施行令公布、2016年3月同施行令改正公布)
3. 住宅宿泊事業法=いわゆる民泊新法といわれる法律
(2017年6月公布、2018年6月施行)
2.旅行客の状況
なぜこのような一連の改正が行われたのか、その背景について考えてみます。
まずは日本の観光の現状と政策について、2018年度の観光白書等をもとに俯瞰してみたいと思います。
観光白書によると、国際観光客の数は世界全体で2010年に9.5億人であったのに対し、2017年は13.2億人でした。約39%の増加です。
これに対し、観光局の資料によると、訪日外国人旅行者数は2010年の約861万人から2017年の2,869万人へと、約3.3倍に増加しています(グラフ1)。
日本を訪れる観光客は、全世界の国際観光客数の伸びと比べ大きく増加しているわけです。
日本への来訪者を国別に見ると、2017年の場合、中国と韓国からの旅行者が全体の約50%を占め、他の東アジアと東南アジアからの旅行者を合わせると約85%になります(グラフ2)。
これを受け入れる宿泊施設の状況はというと、ホテルと旅館の合計室数は、2006年から2016年でほぼ横ばいとなっています。(「旅行年報2018」(日本交通公社発行)によると、2006年が1,563,591室であるのに対して、2016年は1,562,772室となっています)。
つまり、日本に来る旅行者は急激に増えているのに、宿泊施設はそれに見合った増え方はしていない、ということです。
訪日外国人の増加傾向は今後も続くと考えられます。2020年に東京オリンピックが開催され、更に大阪万博があること等を考慮すると、増加に一層の拍車がかかることは間違いないでしょう。急増する外国人観光客に対して十分な宿泊施設を提供できるようにすること、およびそれぞれの目的や嗜好にあった、多様な施設を提供できるようにすることが急務であると考えられます。
3.観光政策の視点
上記の実情を踏まえ、今後について国はどのような見通しを持っているのでしょうか。
2016年3月に作成された「明日の日本を支える観光ビジョン」によると、外国人旅行者数を2020年に4,000万人に、2030年には6,000万人とする目標が設定されています。
つまり、昨年の倍以上の外国人旅行者を招き入れる計画が立てられているのです。
これに伴って、地方での外国人の宿泊者の延べ人数は2030年に1億3,000万人泊を目標にしています。この目標値は2015年実績の5倍超です。
また、訪日外国人旅行者の消費額は、2017年には約4兆4千億円でしたが、同ビジョンではこれを2030年に15兆円にすることを目標にしています。2017年の消費額の内で宿泊費は約1兆円、27%を占めていることからも、宿泊業に関するさまざまな施策の展開が必要であり、法的な整備も重要であると考えられています(グラフ3)。
これを実現するための施策としては、「宿泊施設不足の早急な解消及び多様なニーズに合わせた宿泊施設の提供」という項目が立てられています。ビジョンで示された、「宿泊施設不足の解消」と「多様なニーズに合わせた宿泊施設の提供」の二つに対応すべく一連の法整備が行われたと考えられます。
4.制定および改正の概要
次に、個々の法改正の概要について、主に「宿泊施設解消」と「ニーズの多様化への対応」の観点から触れていきます(なお、本稿はこの観点から内容を俯瞰するものであり、それぞれの要件を網羅してはいません。それぞれの法制度の詳細な内容を把握されたい方は、法制度の所轄官庁が公にしている資料等を参照してください)。
1. 旅館業法
旅館業法上、宿泊施設は従前、「旅館」「ホテル」「簡易宿所」「下宿」の4類型に整理されていました。
今回の改正で、「旅館」と「ホテル」が一本化されることになりました。
つまり、洋式の施設であるものが「ホテル」、和式の施設であるものが「旅館」とされ、設備基準も違っていましたが、それが一本化されたのです。このことに伴って、従前は最低客室数(ホテル10室、旅館5室)が定められていましたが、その制限がなくなり、小規模な施設を運営することが可能になりました。
また、玄関帳場(フロント)の設置が法律上必須の義務ではなくなり、厚生労働省令で定める設備基準を満たせば、玄関帳場に代替するものと認められました。これは「ビデオカメラによる顔認証による本人確認機能等のICT設備」を想定したものとされています。しかしながらこの点については、現状、自治体の条例はこの改正に追随せず、玄関帳場が必要とされることが多々あるので注意が必要です。
また「簡易宿所」という類型においても基準の見直しが行われています。
「簡易宿所」は、1つの客室を多数人で共用する宿泊施設のことをいいます。具体的にはカプセルホテルや山小屋をイメージしてください。従前は、客室の床面積が33㎡以上とされていましたが、改正により宿泊者数が10人未満の場合は、一人当たり3.3㎡以上あればいいことになりました。これもニーズの多様化への対応と考えられます。
また、玄関帳場は基準を満たせばなくてもよいとされていますが、これもまた条例で設置が必要とされている例が多くあります。
なお、「下宿」は1か月を単位とする宿泊施設です。
旅館業法における、施設数の不足と宿泊ニーズの多様性への対応は、客室が少ない施設を容認することと、玄関帳場に関する規制緩和です。
2. 国家戦略特別区域法に基づく旅館業法の特例制度(外国人滞在施設経営事業)
通称、特区民泊と呼ばれるものです。
国家戦略特区に指定されたエリア内において、自治体が民泊条例を制定している場合には、旅館業法の営業許可がなくても、「外国人滞在施設経営事業の認定」を受けることで、民泊を行うことができます。
旅館業法の手続きに比べて簡単な手続きで宿泊施設を開業することができるので、宿泊施設が不足している区域が国家戦略特区の指定エリアで自治体の条例が整備されている場合は有効ですが、設備要件はほぼ簡易宿舎と同等に定められていると考えられます。また、宿泊期間が2泊3日~9泊10日の範囲で、自治体の条例で定める以上の期間が必要とされており、これは営業上大きな制約と考えられます。
3. 住宅宿泊事業法に基づく住宅宿泊事業
自治体に届け出ることによって、住宅について、宿泊の用に供することができる制度です。
ここでいう住宅は、以下のいずれかに該当する必要があります。
① 現に人の生活の本拠として使用されている家屋。
② 入居者の募集が行われている家屋。
③ 随時その所有者、賃借人又は転借人の居住の用に供されている家屋。
それぞれの詳細な解明は専門の資料を参照していただくこととして、ここでは「人が住んでいるもしくは住むための家屋」に人を営業として宿泊させることが民泊新法の趣旨であるとご理解ください。
なお、この制度を活用した住宅宿泊事業は、観光庁作成の住宅宿泊事業法の概要によると、本制度創設の背景として、
① ここ数年、日本において民泊サービスが急速に普及してきていること。
② 多様化する宿泊ニーズへの対応。
③ 公衆衛生の確保や地域住民等とのトラブル防止、無許可で旅館業を営む違法民泊への対応。
があげられています。まさに数的な不足と多様化への対応です。
反面、現に人が住んでいる施設を宿泊施設に転用しないで宿泊に利用させるという観点から、既存のホテルや旅館と差別化するため、年間の宿半日数を180日未満とする、という制限が設けられています。これは、営業の観点からはおおきな制約といえます。
なお、法制定前の検討会(『「民泊サービス」のあり方に関する検討会』)の最終報告書には、「空き家の有効活用」も目的として謳われていました。現行制度は、現に人の生活の本拠としている家屋等を対象としており、空き家は対象からはずれています。これは立法過程ではずれたものと考えられます。おそらく、空き家を宿泊施設とした場合の管理の問題や、空き家は権利関係が複雑である場合が多いことなどを考慮したものと思われます。
このように仔細に眺めてみると、法制度としては改善の余地がありそうに思えてきます。
今後も、制度の見直しなどがあるのではないでしょうか。