災害が発生し、人材はもとより設備等に重大な損害が生じると、事業活動の推進に直接的な影響が出てしまいます。特に中小企業や小規模事業者は、事業活動の継続そのものに重大な影響を与えることが懸念されます。
2019年6月5日、災害時の対策の検討を推進するために「中小企業強靭化法」が公布されました。今回はこの法律について解説します。
【目次】
1.中小企業強靭化法制定の背景
2.中小企業強靭化法の概要
3.事業継続力強化計画について
4.支援策について
5.まとめ
中小企業強靭化法制定の背景
東日本大震災以来、わが国を襲う災害が増えているのではないか、と誰もが感じていると思います。
総務省消防庁は大規模な災害について、その都度情報を発信しています。昨年一年間に発信された災害情報のうち、自然災害が原因で負傷者や死亡者が発生した事象については以下のとおりです。
このように数多くの災害が発生しています。ちなみに今年に入ってからも、九州や北海道で発生した地震や千葉を襲った台風15号、豪雨による多数の河川の堤防決壊で甚大な浸水被害をもたらした台風19号など、相変わらず大規模な自然災害が発生しています。
このような大規模な災害が発生して企業に大きな打撃があった場合、その事象にいかに対応して事業を継続していくかは、大企業では以前から検討され、訓練等も行われてきました。
実際、私が以前に勤めていた企業でも、大規模な災害で都内にある本社機能が不全状態に陥った場合の対応を定めていました。例えば東京だけに大きな被害があった場合は川越に、関東全域に被害が発生した場合は他の地域にある中核的な事務所に、などと場所を予め設定して、通信設備を他の事務所と比べて拡充したり、その地点への役員の移動手段を確保するなどの対策を講じていました。
現在、例えば製造業ではサプライチェーンが複雑に絡み合い、重要な部分を中小企業が占めているようなケースもあります。大企業が災害時にも指揮命令機能を有していても、生産過程全体は機能不全に陥ってしまうことは、東日本大震災でも実際生じており、皆様もご記憶されているのではないでしょうか。
また、大企業であれば、多少の被害が発生してもなんとか本社機能を維持できるような場合でも、中小企業の場合は、一撃で壊滅ということも十分考えられるので、その観点からも、中小企業における事業継続は大企業とは違った難しさがあります。
中小企業強靭化法の概要
本法の仕組みは、国が定めた基本方針を踏まえて中小企業が策定する「事業継続力強化計画」が経済産業大臣により認定されると、さまざまな支援策が受けられる、というものです。
また、併せて地元の商工会及び商工会議所が、中小企業に対して支援を行うこととしています。
事業継続力強化計画について
事業継続力強化計画の作成の手引が、7月24日に公表されました。そこには申請書の書き方や検討すべき内容について、こと細かく記載されていますが、ここでは検討の手順についての概要を紹介します。
手引きでは、手順を五つのステップに整理しています。
◆STEP1 事業継続力強化の目的の検討
この取り組みを行う理由は、従業員や家族のためであったり、顧客や取引先のためであったりします。すなわち、なぜこの事業を営んでいるのか、ということの再確認に他ならないと私は考えます。
◆STEP2 災害リスクの確認・認識
まずは、事業を営んでいる地域で発生する蓋然性の高い災害について、どのような事象が生ずるのか、その際に想定される会社の弱点は何かを確認します。その結果、会社が被る影響を具体的に検討します。マニュアルには以下が例示されています。
事象 : 地震による大きな揺れ。
会社の弱点 : 建物の耐震対策が行われていない。
影響 : 震度×以上の揺れに見舞われた場合、建物が倒壊するおそれがある。
影響は、ヒト、モノ、カネ、情報の観点から整理すべきとされています。
◆STEP3 初動対応の検討
災害発生直後の、初動対応の検討です。大きく以下の3点についての対応となります。
① 人命の安全確保
② 非常時の緊急体制の構築
③ 被害情報の把握と共有
それぞれについて、誰が何を行うのか、具体的に決めておくことが重要です。
◆STEP4 ヒト、モノ、カネ、情報への対応
STEP2でヒト、モノ、カネ、情報の観点から抽出した影響に対して、それぞれ対策を検討します。全てについて網羅的に対策を講ずる必要はなく、「会社の事業継続上有効な対策は何か」という観点から、会社の業務の重要度等も加味して検討することが必要です。
◆STEP5 平常時の推進体制
以下の点が重要です。
① STEP1~STEP4で定めた、事業継続力強化計画の内容を確実に実行すること
② 年に1回以上の訓練を行うこと
③ 取り組み内容の見直しを定期的に行うこと
これらは経営陣が積極的に関与することが重要です。
また、対応を実行するにあたって、次項で説明する国の支援策を有効活用することがよいと考えられます。
支援策について
事業継続力強化計画を作成し、経済産業大臣の認可を受けた企業に対する支援策は、税制面の優遇・金融面の支援・補助金の三つがあります。
それぞれについて概要を記載します。
(1) 税制面の優遇措置
事業継続力強化計画の認定を受けた中小企業・小規模事業者が対象になります。
そのような中小企業・小規模事業者が、事前対策を行うために必要な設備投資をする際に、経済産業大臣宛てに申請をして認定を受けた後に設備投資を行うと、20%の特別償却を受けることができます。投資する設備は、事業継続力強化計画に記載されている設備であることが必要です。
設備ごとに下限金額が設けられており、自家発電機や排水ポンプのような機械設備は100万円以上、衛星電話等の器具備品は30万円以上、防災シャッターや排煙設備等の建物付属設備は60万円以上の投資が対象とされています。
(2) 金融面の支援措置
次に、金融面の支援措置です。金融面の支援措置には3点あります。内2点は、事業継続力強化計画の認定を受けた者が対象となる優遇措置です。
1点目は、事業継続力強化計画の認定を受けた中小企業と小規模事業者を対象に、信用保険の保証枠を保険の種類によって1,250万円から2億円まで別枠で追加設定するというものです。
2点目は、事業継続力強化計画の認定を受けた中小企業と小規模事業者について、防災にかかる設備資金の貸付金利を基準金利から引き下げるものです。具体的には二つの貸し付けが対象となります。
まず、中小企業と小規模事業者への設備資金について、2億7千万円まで基準金利から0.65%引き下げた金利で貸し付けを行うものです。次に、国民生活事業としての設備資金の貸し付けについて、基準金利から0.65%の引き下げがあります。設備資金は、施設の耐震化・自家発電設備の設置・倉庫の防災対策・機械の転倒転落防止対策等が対象として挙げられています。
また、いずれの事業においても「耐震改修促進法に基づく特定既存耐震不適格建築物等の耐震改修を行う場合」は、貸付利率が基準金利から0.9%引き下げられます。耐震診断を行うために必要な運転資金については、貸付金利が基準金利から0.4%引き下げられることになっています。
3点目は、津波、水害および土砂災害の多い要対策地域の土地にかかる設備資金について、貸付金利を引き下げるものです。これについては、事業継続力強化計画の認定は条件となっていません。前述2点目の設備資金と扱いが同じなのかどうかについて、現時点の資料だけでは判然としません。
(3) 補助金等による支援
事業継続力強化計画の認定を受けた中小企業と小規模事業者が補助金の申請を行った場合、採択にあたって加点措置が受けられる等の措置が検討されています。今後の動きを注視していく必要があります。
これらの支援策については、年限を限ったものもあります。まずは事業継続力強化計画の作成から、タイムリーに実行することが大切です。
まとめ
一度災害が発生し、人材はもとより設備等に重大な損害が生じると、事業活動の推進に直接的な影響が出てしまいます。大企業は、設備や組織が広汎に存在しますが、中小企業は局地的な災害であったとしても、事業活動の継続そのものに重大な影響を与えてしまうことが懸念されます。このことは、大きな災害が発生するたびに経営者の脳裏をよぎりますが、日々の業務に忙しく、なかなか対策を立てられないのが実態ではないでしょうか。
今回の立法は、災害時の対策の検討と推進に資する素晴らしい内容であると感じます。事業継続力強化計画は、自らの事業の現状をリスク対応という観点から見つめ直すとともに、会社が誰のために存在しているのかを改めて考える機会にもなりえます。ぜひこの機会に取り組まれることをお勧めします。
もちろん人員的に厳しい状況で、日常の事業に邁進されている中での取り組みです。専門家の知見、助言をうまく活用して進めることも重要です。