BackBone vol.3 株式会社しごとのしくみ 代表取締役 小早川渡さん

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株式会社地域新聞社代表取締役・山田旬が、千葉県にゆかりのある起業家・経営者にインタビューを行い、その生き方、考え方の背骨を探るシリーズです。

第三弾となるインタビューは中小企業支援をライフワークに中小企業診断士、ITコーディネータ、MBAなど数々の資格を持ち活躍中の株式会社しごとのしくみ代表取締役社長小早川渡さん。広島生まれ千葉県育ち。経営×業務×ITの専門家。中小企業のためのシステム導入、経営支援、社員教育の事業を手掛けている小早川さんのBackBoneをお聞きしました。

まずは小早川さんの経歴を教えてください

両親ともに広島出身で私も広島で生まれました。広島には小早川姓はたくさんいるんですよ。父の転勤にともない1歳の時に千葉県松戸市に引っ越しました。一度群馬県に住みましたが、その後も松戸市、鎌ヶ谷市内で家が転々と変わりました。

小学生のころは目立ちたがり屋の性格もあり、児童会に立候補し5年生で副会長、6年生で会長になりました。中学入学直後に、一軒家に移ることになり鎌ヶ谷市の端から端へ引っ越しました。引っ越しが決まっていて、小学校の友人と同じ中学校には行けないことや、塾に通っていたこともあって、中学受験をして私立江戸川学園取手中学校に進学しました。

小学生のときは運動が苦手で、それを克服するために、中学生では運動部に入りたかったのですが、サッカーや野球は上手な人が沢山いるので躊躇していました。そんなときに、体育の先生から新しくアメリカンフットボール部を創ると聞いて。これなら同じスタートラインで始められると思い入部しました。部員は少なくオフェンスもディフェンスも両方出ていました。ポジションはランニングバックとラインバッカー。ディフェンスキャプテンもしていましたね。

当時は中学校でアメフト部がある学校は少なく、大会もなかったので、試合経験は2回しかありません。しかも、どちらも同じ学校と。そんな3年間でした。

大きな怪我はなかったのですが、腰痛になり今もひきずっています(笑)

高校はエスカレーターでも上がれたのですが、アメフト部のキャプテンから中3の11月に「このまま高校に上がらずに一緒に大学の付属校を受験しようぜ」と突然言われて。初めはピンとこなかったのですが、大学受験よりも高校受験の方が楽だという友人の意見を鵜呑みにして、高校受験をすることにしました。そこから3ヶ月間猛勉強して立教高校(今の立教新座高校)に進学しました。

高校でもアメフト部に入部したのですが、部活停止のゴタゴタや体調不良もあり高校1年の7月には退部しました。校風は自由でアフロヘアやロン毛の同級生もいましたね(笑)

アルバイトは禁止されていなかったので、ステーキ屋さんでアルバイトをしました。アルバイトに夢中になり、仲のよい先輩や同級生と、朝まで遊ぶこともよくありました。ちなみに、妻とはこのステーキ屋さんで知り合い、その後社会人になってから再会して結婚をしました。

こういったことも含めて、人生の岐路でのいろんな人の縁に恵まれ、今の自分があることに感謝しています。

アルバイトが楽しい分、勉強がおろそかになり、高校2年生の終わりに、担任の先生に「この出席日数では大学には行けないよ」と言われてしまい、そこから心機一転真面目に学校に通い無事に推薦で立教大学に進学することができました。

大学時代は学校辞めた説が流れるほど学校に行かず遊んでばかりで、1・2年生の時は単位が不足していたのですが、3~4年で一気に単位を取りました。昔から追い込まれてから動くタイプなんですよ。これ以上単位は落とせないというプレッシャーを力にしました。3・4年生で履修したものはほとんど単位を取ることができ、最終的には卒業要件より30単位近くも多く単位をとってしまいました。非効率この上ないです。

就職活動はどのような軸を持っていたのですか?

大学3年になり、就職のことを考え始めたとき、こんなに勉強してこなかった今の自分では社会の役に立てないと焦り、何か資格をとった方がいいなと考え、簿記3級にチャレンジして合格。人から相談される仕事が向いてそうだと漠然と考えていて、公認会計士になれば会社の相談事を「コンサルタント」として支援できると友人の父から聞き、目指すことを決意。難しい国家資格を目指す前に、本当にできるのかと自分なりの試練を与え、「簿記の2級に合格したら公認会計士を目指す!」と決めました。試験の2週間前です。持ち前の一夜漬けの特技を発揮して、ギリギリの70点で合格したことで私の人生の方向が決まりました。

大学4年生からWスクール生活を送り、会計の専門学校に通いました。大学卒業後も1年ほど通いましたが、一夜漬けしか知らない私の体はゴールまでの道のりが長い勉強に耐えられず、公認会計士取得は断念することになりました。就職することを決意し、当時ビジネスマンの三大スキルは『会計、パソコン、英語』と言われていたので、勉強してきた『会計』を活かせて『パソコン』スキルも身に付けられる会社を探しました。大手の会計ソフト会社にご縁をいただき中途入社したのが23歳の時です。

会社員時代はどうだったのですか

営業として会計や販売管理、給与計算といったソフトを販売していました。朝早くから夜遅くまで猛烈に仕事をしました。会社はいい人ばかりで、頑張りも認めてくれて、同期でも最速で主任・係長に昇格するなど順調でした。仕事で中小企業の社長たちからシステムのプロとして接してもらううちに、中小企業の支援をライフワークにしたい、しかもシステムの枠にとらわれず。と感じるようになりました。

ある時、社内の3人で「中小企業診断士の資格を取ろう」という話になって独学で勉強し一次試験に合格。その後、普通は二次試験を受けるのですが、机上の問題を解いて中小企業診断士になるよりも、中小企業を実際に支援することで資格取得ができる養成課程に興味が湧きました。いくつかある養成課程を調べる中で「中小企業診断士」「国際認証MBA(経営学修士)」「修士」の3つが取れる名古屋商科大学大学院に出会い、働きながら土日は大学院に行く生活が2年間続きました。当時私は35歳で結婚して子どもいたのですが、生活面でも金銭面でも精神面でも応援してくれて、勉強に集中させてくれた妻には本当に感謝しています。

MBAの取得は、国際認証を受けている大学院ということもあり、大量のレポートと授業での積極的な発言が評価基準となり、クラス貢献度が低い3割の出席者は単位が取れないという大変過酷なものでした。人生で初めて死ぬ気でやって、結果を出したことではないかと、いまでは大きな自信につながっています。同窓生には出会ったことのないような凄い人たちが多く、今では貴重な人脈となっています。

商品である会計ソフトを超えて、もっと奥深くかつ幅広く「中小企業を支援したい」と思う気持ちが強くなり、地元千葉県にある全国でも経営や教育面でも有名な中小企業に転職しました。社員募集はしていなかったのですが、「理念」を大切にする経営に惹かれ、連絡を取り、自分の想いを何度も伝えて入社することができました。


名古屋商科大学大学院(NUCB)修了し、修士、国際認証MBA、中小企業診断士を取得

創業のきっかけは何ですか

転職した企業の経営者、従業員、理念に触れ、こんな素敵な中小企業がもっとたくさん世の中にあふれるお手伝いをしたいなと思い始めました。そんな時に知人が独立して会社を創ろうとしている話を聞いて、いろいろと話をしていくうちに3人で共同代表の会社を創ることになりました。一人だったら独立していなかったと思います。この二人がいれば大丈夫かなと思い独立しました。それが38歳の時です。

四年間3人でやっていく中で、それぞれが独立してやった方がいいよねという話しになり、42歳で株式会社しごとのしくみを創業しました。喧嘩別れではなく、今でも情報交換をしながら仲良くやっていますよ(笑)

社名の由来は何ですか

社名を聞いて何をやっている会社なのか、すぐイメージできることを重視しました。

会計やITという難しいことを分かりやすい説明で伝えていくことが当社の強みなので、親しみやすいひらがなにしました。

経営理念は「仕事の喜びを創造する」、目指す社会は「会計とITをもっとあたりまえに」です。


社員と事務所にて

これからの構想を教えてください

数百社への会計システム導入と経営コンサルティングで蓄積してきたノウハウを、自社で開発したサービスに凝縮し、もっと多くの会社の経営支援をしていきます。会計データ、販売データ、給与データ、勤怠データなど経営にまつわる多くの情報が会社内にはあります。

そのデータが自動的にクラウド環境にアップロードされ、当社のノウハウで加工された経営に必要な情報をいつでもどこでも見られるサービスを2022年秋のリリースに向けて開発中です。

その後は、中小企業診断士の業務をITで効率化していくサービスを開発します。手作業が多く、アナログな中小企業診断士の仕事を効率化し、経営者との対話や問題の原因や解決方法を考える時間を生み出すためのシステムです。

自社のホームページでは、少し遊び感覚を取り入れて「岩本町ごはんカレー部」や「会計川柳」を掲載しています。少しでも当社や会計のことを身近に感じてもらえれば嬉しいです。会計川柳はSNSでも発信してお客様からも好評です。

・岩本町ごはんカレー部 https://www.shigotonoshikumi.jp/iwamotochocurry/
・会計川柳 https://www.shigotonoshikumi.jp/blog/

最後にひとことお願いします

CIBにはフューチャーリンクネットワーク(https://www.futurelink.co.jp/company/)の石井丈晴社長にお誘いいただき入りました。私自身千葉で育ち、千葉に住んでいるので、CIBの千葉から世の中に貢献し世界を変えていこうという考えに共感しています。

当社の中小企業経営を支援するサービスは絶対に世の中の役に立つと確信しています。このサービスを広め、もっと多くの会社の役に立ちたいと思っています。また、資格者である私が活躍することで、中小企業診断士やITコーディネータという存在を、ほとんどの中小企業はお付き合いしているという身近なコンサルタントとしての位置づけまで高めていきたいと思っています。

 

取材後記

趣味は何ですかの質問に「仕事と家庭です。でも、最近は一眼レフカメラに凝るようになりました。子どものミニバスの写真など撮り、少し加工してお渡しすると皆から喜ばれるんです。」

まわりを喜ばせることと、勉強熱心で向上心あふれ数々の資格取得をしている小早川さんには、人の役に立ちたいという『純粋なサービス精神』に背骨を感じました。


趣味の写真を撮っているカメラ

プロフィール

小早川 渡(こばやかわ わたり)
1975年広島県生まれ、千葉県育ち。
立教大学経済学部卒業、名古屋商科大学大学院マネジメント研究科修士課程修了。
中小企業向け業務パッケージソフトメーカーに12年勤務し、数百社の基幹業務システムの稼働を支援。その後、飛び込みでカンブリア宮殿にも登場した地域の有名中小企業に転職。
2013年1月にSKIcom株式会社を設立し、共同代表に就任。
2018年1月に株式会社しごとのしくみを設立し代表取締役に就任。
好きな言葉は「うつくしいものを 美しいと思える あなたのこころがうつくしい」。

株式会社しごとのしくみ  https://www.shigotonoshikumi.jp/

山田 旬(やまだ じゅん)
1970年東京都中野区生まれ。日本大学商学部卒。「生保は金融機関のデパートです」「一国一城の主になれる」キャッチコピーに惹かれ大手生保に入社。2004年株式会社地域新聞社入社。狩猟型単独営業から農耕型チーム営業へ営業プロセス改革。創業者勇退により2019年11月より代表取締役社長就任。趣味はジョギング、読書。

 

「千葉イノベーションベース」について

千葉イノベーションベース(CIB)は千葉県内のメディアや金融、ならびに行政、そして国内最先端の技術を有する会社など各所が強みを生かし、アントレプレナーシップを持つ千葉県民の方々に、新たな成長の場をお届けすることを目指し立ち上げられた一般社団法人です。

2022年2月に法人化、株式会社ファインドスターグループ代表取締役の内藤真一郎様が代表理事を務め、現在千葉県内の企業が次々と参画しています。当社からは代表取締役社長の山田旬が参加をしております。

https://cib.xibase.jp/

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